考えをまとめて意見するというのが、どうやら自分は苦手らしい。
きっかけは何気ない会話の一言だが、その一言に大きな衝撃と「どうにかしなくては」という思いに駆れた。
まぁ「優柔不断だよね」と言われたわけだが、なんとも痛烈な一言ではないか。
たしかに自分は主体性の無い受動的な性格と対応をしてきたと自覚はある。
しかしそれは、対人関係における心のおき方と距離感に対するものだと、自分に言い聞かせていたが。
しかしながらこの「優柔不断」という単語にはやられた。
よくよく考えてみると、根本的に意見というものから避けているような気がする。
「○○ってどうかな?」と聞かれると、どうしても無難か、曖昧な返事を返してしまうことが多い。
自分なりの考えを持っていないわけではないが、それを言うのを何かしら躊躇っている、いや、拒否しているということを自覚した。
なぜか、なぜなのか。そうか、発言の責任、を酷く嫌がってたのだ。
自分の発言で、自分の状態が不利な状況に持ち込まれる可能性があるから、曖昧な返事しかしないのだ。
(そこに自分の発言で相手が良くなった悪くなったは、ふくまれないのがさらに悪いところ)
いったいお前は、何と戦ってるんだという話になってきたが。
つまり、どういった内容であれ責任を負わされるのが嫌なのだということを、「優柔不断」の一言で何気なく実感したのであった。
これからは、多少からんでいきたい。
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