なんというか、無駄に高機能な代物より少し低機能で、なんとかやりくして動かせる物の方が割りと長持ちするのではないか。
というのは僕自身が、低スペックだった期間がやたら長かったこともあるのだろうか。
僕がインターネットをし始めた頃は、まだテキストサイトが盛んでBlogなんて一部の好事家たちがチロリとやっていたぐらいなのだが。
その手軽さと簡単に自分の意見を発せられる場が作れることで、Blogは瞬く間に広がり、そしてそれは今SNSやツイッターといったものに変わった。
より早く、迅速に、簡単に。意見と考えは発せられ。オープンすぎるほどに情報はオープンになった。
ここまで早いと、webサイトの荒廃も早い。
そうなると何処で誰が、どういった情報を発したというのも確認しずらくなる。
デマも真実もどれも同一価値で人々にまわり、考えることすらなく突き抜けていく。
(いやまあ、過去のテスキトサイトたちがよく吟味して乗っけていたかは定かではないが)
ここまでごちゃごちゃ言っておいてアレかもしれないが。
個人サイトの時代よ今一度。
と最近よく考えてるのです。
会員制のwebサーバーで、サイトを読み込むのにもやや時間かかるような回線で。
ゆったりと日記かいたり、掲示板で無駄に論争してみたり、チャットで今夜のおかずを求めたりとか。
なんかちょっとノスタルジーな環境を作って、日々ニヤニヤしたい。
「掲示板もチャットも日記もサイトももあネットに腐るほどあるじゃないか」
とは思うけれども、オープンすぎるほどオープンなネットの世界で、今一度ちょっとアングラな閉ざされたネットを見てみたいと思うのは。
一種の懐古主義なのかしらん?
0 件のコメント:
コメントを投稿